真夜中の名医 [不思議な話 3]


[病院]真夜中の名医



    
    これは、今から数年前、わたしが二年目の前期研修医として長野県のとある総合病院で臨床研修をしていた時に体験した不思議な出来事です。



    わたしが研修医として赴任したその総合病院では、ベテラン医師の指導のもと、二年目研修医も総合診療を担当できる臨床研修体制が整っていたため、わたしも週に一度は外来診療や夜間の救急診療を任されることになりました。

    そんなわたしが、赴任後初めての夜間当直についた日、救急外来担当のベテラン女性看護師長が、わたしが待機する医局まで挨拶にやって来て、ついでにこんなことを言いだしたのです。

    「山本(仮名)先生、先生はこの病院の夜間当直が初めてだとうかがったので、一言お伝えしておきたいのですが、もしも、今夜これから何か奇妙なことが起きたとしても、あまり気になさらないでくださいね。先生は、患者さんの診察にだけ専念してくださればいいのですから・・・」

    あまりに唐突な話に、何と返事をしたらいいか判らなかったわたしは、

    「奇妙なことって、どういう・・・?」

    と、とっさに訊き返しましたが、看護師長がそれについて説明をしようとした時、早くも彼女の院内携帯電話に急患の知らせが入り、わたしたちは、急ぎ救急外来へと駆け付けねばなりませんでした。

    その後も、何人かの急患の診察や治療を続け、既に深夜二時を過ぎた頃、若い女性の患者さんが一人、救急外来を訪れたのでした。

    その頃は、立て続けの急患受け入れでわたしもかなり疲れ切っていたので、診察室で女性患者さんを前にしてもやや気の緩みが生じていたのかもしれません。

    その若い女性は、背中の右下部分に強い痛みを感じているらしく、額に脂汗をかいていました。

    腎臓障害を疑ったわたしは、尿検査の結果を診て、腎結石の可能性が大きいと判断。腎臓と尿管のエコー検査をしてみたところ、幾つもの小さな結石が確認されたので、結石の痛みをやわらげる薬を処方し、通常診療時間に改めて泌尿器科を受診して欲しいと伝え、今夜のところは帰宅してもらうことにしました。

    すると、女性は、もう一つ腑に落ちない表情で、

    「----でも、最近は、ろっ骨にも痛みがあって、足にも力が入らないことがあるんです」

    と、訴えます。しかし、それ以上は特に緊急性のある症状も見受けられなかったことから、とにかく専門医に相談して欲しいと告げ、彼女を帰しました。

    これで、ようやく一段落したと思ったわたしが、医局へ戻ろうと診察室の椅子から腰を上げかけた時です。

    背後に、ふと人の気配を感じて振り返りました。

    しかし、そこには誰もいません。先ほどまでいたあの看護師長の姿もなく、診察室内が異常に静まり返っているように思え、何だか薄気味悪ささえ感じたのでした。

    何か得体のしれないものに急かされる気分で、その場を立ち去ろうとした瞬間、
 
    「本当に、ただの腎結石だけなのかね?」

    ふいに太い男の声がして、驚いたわたしがその声の方へ視線を移すと、そこには丈の長い白衣を着たかなり年配の見知らぬ男性が佇んでいました。

    その男性は、白い顎髭のある面に穏やかな笑みさえたたえながら、わたしの近くまで寄って来ると、

    「今の女性だけれど、腎臓にそれだけの結石があるということは、何処か他のところにも病変を持っていることが考えられないものかね?わたしは、彼女の骨の痛みや足の違和感も気になるのだが、きみは何も感じないのかな」

    いきなり、そんな説教めいたことを言いだすので、ちょっとカチンときたわたしは、

    「いったい、あなた誰なんですか?この病院の医師の方ですか?」

    きつい口調で訊ねると、その年配男性は、それには答えずにニコニコ微笑みながら、

    「血液検査と甲状腺のエコー検査もしてみた方がいいと思うんだが・・・、今ならまだ患者を呼びとめることが出来るんじゃないのかな?」

    そう偉そうに言います。

    「この時間です。臨床検査技師は、もう帰ってしまっていますよ」

    わたしが答えると、白衣の男性は、

    「だったら、エコーだけでもやってみたらどうかな?答えは患者自身が教えてくれる。そういうものだよ」

    と、それだけを告げ、診察室から出て行ってしまったのです。

    わたしは、名前も身分も語ろうとしないその年配男性に半ば反感を覚えながらも、

    「なんで、腎結石の患者に甲状腺のエコー検査なんだよ・・・」

    と、独り言を呟いた途端、あっと気が付いたのです。その瞬間、わたしの中に一つの病名が思い浮かびました。

    「そうだ・・・、そうかもしれない!」

    わたしは、急いで診察室を出ると、病院の玄関から表へ走り、その女性患者を捜しました。

    駐車場から車で帰ろうとしていた彼女を見付けると、もう一度診察を受けて欲しいと呼びとめ、再度検査をしてみたところ、首の副甲状腺に異常を発見したのでした。

    そこで、女性の腎結石やろっ骨の痛みは、この副甲状腺の異常が原因で起きているもので、改めて内分泌専門医の診察を受けるようにと、助言しました。

    後日、わたしは、診断の見落としに気付かせてくれた白衣の年配男性を院内に捜したのですが、そんな人のことは誰も知りませんでした。

    それから、また次の夜間当直の日がやって来ました。

    前回同様に、あの救急外来担当の看護師長がわたしのところへ挨拶に来ました。

    そこで、わたしは、看護師長にこの間の不思議な白衣の男性の話を聞かせたのですが、彼女は特別驚いた風もなく、平素と変わらぬ表情でこう言ったのです。

    「ああ、それはたぶん、もう二十年も前に亡くなったこの病院の初代院長先生だと思いますよ。この間、山本先生にそのことをお話ししようとしたのですが、急患対応でお教えしそびれてしまいました。実は、この病院には昔から知る人ぞ知る『真夜中の名医』という現象がありまして、若い新人医師が深夜の当直をしていると、初代院長先生の幽霊が仕事ぶりをのぞきにくるのです。先生も、きっと、初代院長先生にお会いになられたんですよ」

    看護師長は、そう言ってニッコリと微笑み、

    「では、よろしくお願いいたします」

    軽くお辞儀をして去って行きました。

    その一年後、わたしは現在の病院へと転勤しましたが、今でもあの夜のことが記憶の隅に残っています。

    で、今のわたしの専門診療科目は、何か-----ですって?

    もちろん、糖尿病・内分泌代謝内科です。

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<今日のおまけ>


    今日は、独白風に書いてみました。

    深夜の病院というのは、ちょっと不思議なことが起きそうな空間に思えますよね。(^_^;)

    


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