赤いドレス [不思議な話 3]


[バー]赤いドレス




    これは、ある女性から聞いた怖い話です。

    今から十年以上も前のこと、この女性の女友達で会社員のA子さんが体験したことなのですが・・・・。

    A子さんは、当時二十代後半で独身。

    夜の街には、色とりどりのイルミネーションが輝き、世の中がクリスマスムード一色に染まる頃、ちょっとした悩みを抱えていました。

    それは、翌日の夜に行なわれる、最近通い出した英会話スクール主催のクリスマス・パーティーへ着て行くにふさわしいドレスが、どうしても見付からないということでした。

    デパートのドレスコーナーや貸衣装店などを片っ端から見て回ったのですが、やはり気に入った物がありません。

    これは----と、思うものがあっても、値段が張って手が出せなかったり、サイズが合わなかったりと、もう、どうしたらいいのか判らず、ただただ途方に暮れて街を歩いていました。

    やがて、暗い空には雪も舞い始め、時間はどんどん過ぎて行きます。商店街の各店舗も次々に店仕舞いを始めていました。

    「やだ、どうしよう・・・」

    A子さんの焦りが頂点へ達した時、そんな彼女の目に、とある小さな洋品店の軒先の灯りがポツンと飛び込んで来たのです。

    その小さな洋品店は、表通りからは外れた細い路地の奥まったところにひっそりとありました。

    A子さんは、もはやダメ元覚悟の藁をもつかむ思いで、その洋品店へ入りました。すると、薄暗い店内の古いマネキン人形が着ていた真っ赤なシルクのパーティー・ドレスが目にとまったのでした。

    それは、時代を感じさせるこの古びた洋品店には似つかわしくないドレスでしたが、A子さんは一目で気に入ってしまいました。マネキン人形から脱がせてもらうと、どうやらサイズも申し分ありません。

    店主である年配の女性に値段を訊くと、彼女がいうことには、

    「これは、お売り出来ないんですよ。店飾りのためにディスプレーしてあるだけでして・・・」

    でも、どうしてもそのドレスが諦めきれなかったA子さんは、

    「お金は、あとで何とかしますから、ぜひ売って下さい」

    と、懇願したところ、女性店主は仕方がないという顔つきで、こんなことを言いました。

    「では、お代は結構ですから、お持ちになって下さい。その代わり、お気に召さない時は、すぐにお返し下さいね。それと・・・」

    女性店主は、そこで少し口ごもったあとで、

    「出来れば、夜中の1時までには、このドレスを脱いで下さい。日が昇ってからでしたら、いくら着て下さっても結構なんですが、夜明けまでは着用しないと約束して欲しいんです」

    と、何とも奇妙な説明を付け加えました。

    A子さんは、一瞬その意味を解し兼ねて戸惑ったものの、お代は結構ですと言われたことの方が嬉しくて、女性店主の言葉をほとんど気に留めることもなく、

    「判りました」

    と、一言生返事を返しただけで、ドレスを入れたもらったショッピングバッグを大事そうに抱え、喜び勇んで家へ帰ったのでした。

    翌日の夜、英会話スクールのクリスマス・パーティーへ出席したA子さんの真っ赤なドレス姿は、華やいだ会場内にも映えて、彼女は正にパーティーの花そのものでした。

    男性外国人教師たちも、もちろん彼女に注目。いつもは、どちらかというと地味目のA子さんが、ドレスのオーラのお陰で一躍お姫さま的存在に----。

    参加者の男性たちも手に手にカクテルやオードブルを運んでは、A子さんのご機嫌うかがいに懸命です。

    「これも、このドレスの魅力なのかしら?やっぱり、これにして大正解だったわ」

    A子さんは、鼻高々です。そして、パーティー気分も最高潮のまま、気の合った参加者たちとともに二次会へと繰り出したのでした。

    しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、いつしか時計の針は午前1時をさそうとしていました。

    「夜中の1時までには、このドレスを脱いで下さい」

    昨夜の女性店主の言葉が、お酒でほろ酔い気分のA子さんの脳裏をかすめました。が、

    「別に、関係ないわ・・・。ドレスが消えてなくなるわけじゃあるまいし・・・」

    A子さんは、こんな素敵な夜は人生にそう何度でもあるわけじゃないと、気を取り直し、男性たちとの愉快なおしゃべりを続けていたのでした。

    すると、午前1時を過ぎた辺りから、何だか喉が締め付けられるような違和感を覚え始めたのです。やがて、その違和感は息苦しさまでも伴って、胸が焼けるように痛み始めました。

    「く、苦しい・・・」

    突然、のたうちまわるように苦しみ出したA子さんを見た男性参加者たちは騒然となりました。男性の一人が携帯電話で救急車を呼び、A子さんは、そのまま病院へ搬送されてしまったのです。

    ところが、病院で検査着に着替えるためそのドレスを脱いだ途端、彼女の症状はみるみる回復。

    検査結果は、慣れない酒を大量に飲んだための、急性アルコール中毒の一歩手前ではなかったかということで落ち着いたのでした。

    翌日、体調も戻り、会社に出勤したA子さんは、定時退社したその足で、急ぎドレスをあの洋品店へ返しに行きました。

    「やっぱり、気に入って頂けませんでしたか・・・」

    女性店主は、深々としたため息をつくと、それを再びマネキン人形に着せ、

    「約束を守ってさえもらえたなら、これ以上に魅力的なドレスはそうはないんですけれどね」

    と、如何にも残念そうに呟くのでした。

    それから、一年ほど経ったあとで、A子さんは、ひょんなことから街の喫茶店でそのドレスの噂を耳にしました。

    「何でも、その真っ赤なシルクのドレスは、昔、恋人に捨てられた若い女性が服毒自殺をした時に着ていたものらしいんだよね・・・」

    「その女性が自殺した時間が、深夜1時だったんだってね」

    それを聞いたA子さんは、怖いもの見たさの心理も手伝って、一年ぶりにあの洋品店の前まで足を運んでみました。

    洋品店は、まだそこで営業を続けていました。

    そして、商品陳列用のウィンドーガラス越しに見える店の奥には、例の真っ赤なドレスを着たマネキン人形が、相変わらずの無表情で立っていたそうです。

[photo18170328]image[1].jpg

   


共通テーマ:日記・雑感
簡単、タルタルソース真夜中の名医 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。