共同浴場の声 [不思議な話 3]


共同浴場の声



    ある猛吹雪の夜、街には、ひとっ子一人姿が見えなかった。

    吹きすさぶ風は雪の渦を巻きあがらせ、家々の窓を激しく殴りつけていた。

    そんな夜は、厳しい寒さも影響して、たとえ近所の人たちといえども、共同浴場まで足を運ぶ者はほとんどいない。しかし、足あと一つない新雪の上を慎重に歩みながら、身体を大判のショールで包んだ女性が一人、正に、意を決して、外湯まで出て来たのであった。

    女湯のドアを開けて中に入ると、他には誰ひとり入浴していない証拠に、照明がすべて消されている。彼女は、電源のスイッチを入れると、蛍光灯の明かりが点いた脱衣所へと上がった。

    浴室内の電気も点いて、女性は、冷え切った身体を湯船につからせて一心地ついた時、不透明のガラス壁で仕切られている男湯の方へ眼をやった。

    男湯も、この悪天候のためか誰も入浴しているものはいないので、浴室内の電気は消えて、真っ暗であった。

    女性は、戸外に吹きすさぶ風の音を聞きながら、温かな湯の中で思い切り手足を伸ばし、独りきりの貸切風呂をゆっくりと満喫していた。ところが、そのうちに、彼女の耳に奇妙な音が聞こえてきたのである。

    「ザバーッ、ザバーッ!」

    その音は、男湯の方から聞こえてくるもので、明らかに誰かがお湯を使う音である。洗面器で汲んだお湯を、身体に掛けていると思われる気配の音が、はっきりと聞こえてきたのだった。

    女性は、誰もいないはずの真っ暗な男湯から聞こえてくるお湯を流す音に、思わず聞き耳を立てた。

    (誰か入っているのかしら?だったら、どうして、電気を点けないの・・・・?)

    そう思いながら洗髪をしていると、今度は、もっと不気味な物音が聞こえてきたのであった。それは、男性の低い唸り声のような音であった。

    「お~っ!お~っ!」

    女性は、思わず恐怖心を覚え、髪を洗うのもほどほどに、上がり湯を身体にかけると、慌てて浴室から出ようとした。----と、その時である。

    「あれ?もう、行っちゃうのォ?」

    「-------!?」

    まるで、女性の行動を見ているかのような男のくぐもり声が聞こえ、彼女は、仰天して、濡れた身体を拭くことも忘れ、脱衣所へと戻ったのであった。そして、急いで服を着ると、共同浴場から逃げ出すように吹雪の中へと駆け出したのだった。

    あの真っ暗な男湯の浴室内に、いったい何者がいたのか?-----今もって、謎のままである。

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