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無賃乗車(前) [不思議な話 3]


無 賃 乗 車(前)




    定期路線バスの運転手である小山内弓子(おさないゆみこ)は、先輩運転手が定年を迎えたことで、その日から、別の路線のバスの運行業務につくことになった。

    しかも、彼女にとっては、初めての夜間業務である。

    ワンマンカーのハンドルを握る弓子は、それでもそつなく病院前、スーパー前などのバス停留所を経由しながら、営業所までの道程にバスを走らせて行った。

    バスの車内は、最終便とあって、乗客の数は少なく、座席にはまばらに腰掛ける四、五人がいるだけである。やがて、小学校前のバス停に停車した時、バスの後部にある乗車口から、杖をついた八十代と思しき高齢の男性が一人、乗車してきた。

    老人は、手に枯れた花束を持っており、疲れた顔色で後部座席に腰をおろしていたが、バスの営業所に隣接し、終点でもある某駅の前へ到着すると、ほかの乗客たちと共に、バスを降りようとした。

    しかし、他の乗客たちが定期券や回数券、現金などで乗車賃を支払い降車して行ったにもかかわらず、その老人は、まったくお金を払う素振りもみせずに、そのまま黙ってバス前方にある降車口を出て行こうとしたのであった。

    弓子は、驚いて、老人に声をかける。

    「おじいさん、乗車賃を払って下さい。そこの箱の中に入れてくれればいいですから-----」

    しかし、老人は、皺深い顔を、一瞬おもむろに弓子の方へ向けただけで、無表情のままにバスを降りてしまった。弓子は、慌てて運転席から飛び出すと、その老人を追いかける。

    「待ってくださいよ!おじいさん、無賃乗車をするつもりですか!?」

    追いすがる弓子を老人は、うるさそうに睨みつけると、突然、大声で、

    「お前、おれを誰だと思っているんだ!?小娘のくせに、お前、いったい年は幾つなんだ?」

    今にも杖を振り上げて弓子を叩かんばかりの剣幕に、さすがに驚いた彼女は、

    「わたし、こう見えても、もう二十七ですけれど-----」

    答えると、老人は、ふんと、鼻で笑い、つぶやいた。

    「なんだ、やっぱり、まだ小娘じゃないか。お前なんかには、おれのことは判りはしないよ」

    「いったい、なんなんですか、その言い草は!?どうでもいいけど、乗車賃を払ってから好きなことを言いなさいよ」

    弓子が思わずいきり立った時だった。営業所から制服を着た一人の男性が走り出して来るや、もめ続けている二人の間に分けて入った。男性は、弓子の上司の小暮(こぐれ)主任だった。

    「いいんだよ、小山内君、この人は。この人からお金を頂く必要はないんだよ」

    そう言いながら、小暮は、老人に対して深々とお辞儀をしながら、申し訳ありませんでしたを、連発する。その様子に、ようやく老人も腹の虫を収めたようで、苦虫をかみつぶした表情のまま、杖をつきながら立ち去って行ってしまった。

    弓子は、まだ釈然としない。

    その後、営業所の事務室へ戻った弓子は、先ほどの小暮の態度がどうにも不可解で、帰り支度をしている小暮を呼びとめて、問いただした。

    「主任、さっきのことですが、どうして、あのおじいさんは、乗車賃がいらないんですか?会社の株主か何かなんですか?枯れたお花なんか持って-----。いったい、どういう人なんですか?」

    小暮は、少し困ったような目つきで弓子を見ると、小さく首を振り、溜息をついた。

    「そういうんじゃないんだよ。-----あのおじいさんが乗車して来たのは、小学校の前だったろ?」

    「ええ、そうでしたが・・・・・」

    「あの枯れた花は、その小学校の前のお地蔵さんにお供えしている花なんだよ。その花を、あのおじいさんは、毎日新しいものと取り換えているんだ」

    「お地蔵さんのお花-----?」

    弓子が訝しげに眉をひそめると、小暮は、ああ----と、頷き、

    「今から、二十年ほど前だが、そのお地蔵さんのある場所で、あのおじいさんの孫娘が交通事故で亡くなったんだよ。まだ、小学校に入ったばかりの七歳だった。それで、その孫娘の供養のために、おじいさんは、あそこにお地蔵さんを立てて、毎日欠かさず、お花をお供えしているんだ。その孫娘を轢いてしまったのが、うちの社のバスだったんだ。
 それからというもの、おじいさんは、慰謝料などいらないから、自分が乗るバスの運賃をすべて無料にしろと、言ってね。ああやって、毎日バスに乗って、自分の孫のことを運転手たちが、決して忘れないようにしているんだ」

    と、話した。



つづく


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酒を買う美女 [不思議な話 3]


酒を買う美女




    これは、中野市の間山(まやま)という地域に古くから伝わるお話です。


    昔、間山には、大きな造り酒屋が一軒ありました。

    その造り酒屋さんには、近所の人たちはもとより、近隣の村からもお酒を買いに、人々が大勢訪れていました。

    お酒を買いに来る人たちは、皆、大きな徳利を持ち、その中へ買ったお酒を入れてもらい帰って行くのです。そういう人々にお酒を売るのが、その酒屋の一人の小僧さんの役目でした。

    そんなある日の夜のこと、小僧さんが最後の一人にお酒を売り終えて、さて、店をしまおうかと思っていた時、戸口にもう一人のお客が佇んでいることに気付きました。

    そのお客は、こんな田舎には珍しいほどの若く美しい女で、遠慮がちに店に入って来ると、小さな瓢箪で出来た徳利を小僧さんに差し出し、

    「ここにお酒を入れて下さい」

    と、まるで鈴を転がすような愛らしい声音で頼むのでした。

    小僧さんは、こんな小さな徳利では、いくらも入らんな-----と、思いながらも、徳利の口に漏斗(じょうご)をあて、柄杓でお酒を入れ始めました。

    柄杓ですくったお酒を一杯入れましたが徳利にはまだ余裕があるようです。そこで、もう一杯入れましたが、まだ入ります。

    (変だな・・・・?こんなに小さな瓢箪徳利なのに、どうしてこれほどたくさん入るのだろう・・・・・?)

    小僧さんは、奇妙に思いながらも、次から次へと柄杓に何杯もお酒を注ぎ続けました。とうとう一升以上注いだところで、ようやく、徳利は満杯になり、その美女は、代金を払うと、嬉しそうに礼を言って、夜の闇の中を何処かへ帰って行きました。

    そして、翌日の夜、小僧さんの酒売りが一段落ついた頃、また、その美女はやって来たのです。

    やはり、同じ瓢箪徳利を出すと、小僧さんにお酒を注いでもらい、帰って行くのでした。そんなことが幾晩か続いた頃、その美女のことがどうしても気になっていた小僧さんは、彼女のあとをこっそりとつけたのでした。

    美女の足は、驚くほどに速く、小僧さんは追いついて行くのに必死でした。そして、いつしかうっそうと木々が生い茂る森の中へと入り込み、小僧さんは、一瞬足を木の根にとられて転んでしまったのです。

    慌てて顔をあげましたが、暗闇の中、美女の姿を見失ってしまいました。が、その時、小僧さんの目には、満々と水をたたえる池が飛び込んできたかと思うと、その池のほとりに、小さな祠(ほこら)が祀(まつ)られていることに気付きました。

    それは、七福神の一人、弁財天を祀る祠でした。そして、その祠の前には、お酒が入ったままの、あの小さな瓢箪徳利が置かれていたのでした。

    それからというもの、その弁財天の祠には、毎日、造り酒屋のお酒が供えられるようになったという話です。

    「酒飲み弁天」の顛末でした。(^◇^)

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ブロッケンの妖怪 [不思議な話 3]


ブロッケンの妖怪


    皆さんは、「ブロッケンの妖怪」と呼ばれる現象をご存じでしょうか?

    これは、特に山岳で見られる大気光学現象の一つなのですが、またの名を「ブロッケンの怪人」などとも言われます。

    この現象は、ドイツのブロッケン山で目撃されることが多かったため、このように呼ばれるのだそうですが、要するに、登山などで山に入った時、自分の身体の背後から太陽光が差し込み、遠くにある雲の粒子や霧の粒子に自分の姿が大きな影として映るとともに、その影の周りには、虹に似た光の輪が出来ることから、こんな名称が付いたものらしいのです。

    しかし、この「ブロッケンの妖怪」は、何もドイツだけに発生するものではありません。日本の、しかもわたし達が住む信州の比較的標高の高い山岳でも、よく起きる現象なのです。これから、信州は、山菜採りの本格的シーズンを迎えます。近くの山へ入り、コゴミ、ワラビ、ネマガリダケなどなど、色々な山菜を採るための山歩きに興じる人たちも多いのではないでしょうか?

    それも、夏山だという気楽さから、軽装で、満足な食料も携帯せずに登山をし、山で行方不明になるケースも、年々増加しているのだとか----。こういう遭難者の中には、案外、山菜取りのベテランも含まれているのが実情です。

    では、どうして、そんな山のベテランが道に迷ったり、最悪、沢に転落したりして遺体で発見されたりするのでしょうか?その原因の一つに、この「ブロッケンの妖怪現象」があるといわれています。

    わたしの近所に、やはり山菜取りが大好きで、この季節になると、必ず志賀高原へワラビ取りに行くという年配の男性がいます。この男性が、まだ五十代の頃、気の合う友人たちと一緒に、志賀高原のある場所へワラビを採りに入ったのだそうです。

    そこは、男性たち地元の人間しか知らないワラビ採りの穴場で、男性は、あちらこちらにたくさん生えているワラビを、わき目も振らずに採り続けていたのですが、持ってきた籠がようやくワラビでいっぱいになったので、いったん、自動車の中へ運び入れて来ようと、腰を伸ばしました。

    が、その時、おかしなことに気付いたのです。男性は、ワラビ採りに夢中になっても方向だけは間違えないようにと、常に、志賀高原の有名な山の笠岳を背にしていたはずなのですが、その笠岳が、今は、目の前にあるのです。近くにいた友人の一人も、この様子に不審を感じながらも、男性と二人で、自動車のある方角へと歩き出しました。

    しかし、行けども行けども、乗って来た車が見つかりません。不安になった男性と友人は、大声で、他の友人たちを呼びましたが、すぐ近くでワラビ採りをしているはずの他の友人たちからは、何の返事も返ってこないのです。
    ますます不安になった男性が、気を取り直して、もう一度、笠岳を見た時、不思議なことに、今度は、まったく逆方向にその山はあったのです。

    「なんだ、こっちが笠岳じゃないか。じゃァ、今までおれたちが見ていたのは、何だったんだ?」

    二人は、自分たちがどんどん逆方向へ歩いて行っていることにようやく気が付き、それからやっとの思いで、他の友人たちの待つ自動車のある場所へと戻って来られたのだそうです。しかし、その時は、既に辺りは暗くなり、もしも、実際の笠岳の位置に気付くのがもう少し遅れていたら、大変なことになっていたと、今も話してくれます。

    これは、明らかに、「ブロッケンの妖怪」に他なりません。山の霧粒に、笠岳が映り、山が反対側にあるように男性たちに思わせ、方向を見失わせていたのです。実に、怖いことだと思いました。

    「たかが山菜採りと山を侮ると、大変な目に逢うぞ」

    その男性の言葉は、正に、これからの季節の教訓です。
    皆さんも、山に入る時は、くれぐれも方向を勘違いしないように、気を付けて山菜採りを楽しんで下さい。

    山には、思いもかけない危険がたくさんあるのですから----。 

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