夏の日の幻影 [不思議な話 3]


夏の日の幻影





    久しぶりに「不思議な話」を書きます。




    五年前に体調不良を理由に会社を退職してからというもの、妻の実家のある信州に移り住んだわたしにとって、毎日の散歩は欠かすことの出来ない仕事の一つとなっている。

    雨の日も風の日も雪の日も、わたしは、いつもの散歩コースを道一本はずれることなく、バカ正直のように歩き続けて来た。

    今は格別定職もない身ゆえ、この散歩は、既に身体のためというよりも、ある種の義務感さえ伴った強迫観念のようにわたしを突き動かしていた。

    地元住人との接触は照れや煩わしさもあり、散歩コースは出来るだけ人目を避けて山道を歩くようにしているため、ほとんどすれ違う人間はいない。

    たまに、散歩道の山裾際にある墓地へ墓参りに訪れる人や、畑仕事に赴く軽トラックを見かけるくらいである。

    そんな一昨年の夏の夕方のことであった。

    いつものように細い山道を歩いていたわたしの前方に、三人の親子連れの姿が見えたのである。

    うっそうと生い茂る山の土手際の木々の葉の草いきれに満ちた木の暗から、いつの間に現われたのか、若い両親とおぼしき男女が未だ三歳くらいの幼い男の子の手をひいて、楽しげに微笑みながらこちらへ向かって歩いて来るのであった。

    親子は、三人とも何故か浴衣姿で、母親とおぼしき女性の手には、涼しげな朝顔模様の団扇が握られている。

    男女は、わたしとすれ違う瞬間、無言のまま小さく会釈をして通り過ぎて行った。

    わたしも思わず会釈を返したものの、しばらく歩いてから三人の様子が気になって、ふと後ろを振り向いてみた。

    ところが、既にその親子の姿はなく、道端の夏草が夕風にそよいでいるだけだった。




    そして、その翌夕方、またいつもの如く散歩に出たわたしは、再び同じ場所でその浴衣姿の親子連れに出会ったのである。

    わたしは、彼らとすれ違う際、それとなく声をかけてみた。

    「こんにちは。お暑いですねェ」

    すると、足を止めた母親が色白の頬を恥ずかしげにこちらへ向け、小さな声で「ええ・・・」と、一言返して来た。

    そこで、わたしは更に訊ねた。

    「昨日も浴衣をお召しでしたが、何処か近くで夏祭りでもあるんでしょうか?」

    「・・・・・」

    しかし、それに対して両親は無言のまま、ちょっと困ったような笑みを漏らしたが、その両親に代わって幼い男の子が何とも嬉しそうな笑顔で答えた。

    「お祭りに行くんだよ。ぼくも踊りに出るんだよ」

    「そう、楽しそうだね」

    わたしは何食わぬ風に返事をしたが、この近くでお祭りがあるなどという話はついぞ聞いたことがなかったので、なおも奇妙に感じた。

    そのまま、わたしたちは別れたが、しばらくして、おもむろに三人を振り返った時、やはり彼らの姿は既に視界から消えていた。

    わたしは、背筋に冷たいものが走るのを覚え、慌ててその場から走り出すと、一目散に家へと帰った。

    いつもよりも早めに散歩を切り上げて来たわたしの様子に不審を感じたのか、妻が怪訝な顔をするので、この二日間に見たことをありのまま伝えると、

    「それ、もしかして、〇〇さんご家族かもしれないわね」

    と、言う。

    妻が話すには、その〇〇さんは、十年ほど前のお盆に、ちょうどわたしの散歩コース沿いにあった自宅が火事になって一家三人が焼死したのだということであった。

    当時三歳の男の子は、初めて行くはずだった近所の神社の盆踊りをとても楽しみにしていたということで、お盆も間近になった今の時季に、その夏祭りが忘れられず浴衣姿で現われたのではないかと教えてくれた。

    その後、わたしは、再びその親子に会うことはなかったが、今でも夏のお盆の頃になると、散歩道を歩くたびに彼らのことを思い出し、冥福を祈らずにはいられないのである。


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<今日のおまけ>



    驚きました。

    堀江貴文受刑者、長野刑務所(須坂市)に収監されているんですね。

    都内のロケットエンジン会社を通じて刑務所内から配信している有料のメルマガには、「長野に来てから一週間の進みは異様に遅い」とか、刑務所内での作業について、「果物のネット作りは大型のものになりました」などの記述もあるそうです。

    果物のネットというのは、たぶんメロンやスイカなどのネットのことなのでしょうね。

   

    で、「チームバチスタ3 アリアドネの弾丸」----友野技師及び北山審議官殺しの犯人は誰なんでしょうね。二十年前のDNA鑑定の不備の責任を感じ、女性解剖医の父親が自殺しているという事実もあぶり出され、事件は次第に縦型MRI室の密室トリック解明へと進んで行くようです。

    登場人物が皆一くせも二くせもありそうで、まるでアガサ・クリスティ―のミステリーを読んでいるみたいです。

    法医学教室の助手の研修医くんも何だか気になるし・・・。

    今回は、東城医大病院の三船事務長がいい味出していますね。

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