スーパー特急の男の子 [不思議な話 3]


スーパー特急の男の子



    JR東日本で勤務する車掌のわたしは、その日、C線のスーパー特急に乗務していました。

    車内検札で車両内を歩いて行くと、二両目の指定の窓際席に三歳ぐらいの小さな男の子が一人、腰かけていたのです。

    そばには親と思われる人の姿もなく、他の乗客もまばらな車内にポツンと座っている男の子の存在は、実に奇妙でもありました。

    男の子は、移り変わる窓の外の景色に夢中で、ニコニコ笑いながらとても楽しそうに足をブラブラさせ身体を揺らしています。

    「一緒に乗っている親は、トイレへでも行っているんだろうな・・・」

    男の子の座る指定席の利用客は、既に手前の駅で降車していたので、わたしは黙認したまま次の車両へと通り過ぎて行きました。

    やがて、再び二両目へ戻って来た時、男の子はまだ一人で車窓の風景を楽しんでいます。少し不審に思ったわたしは、男の子に声をかけました。

    「ねえ、ぼく、お母さんかお父さんが一緒に乗っているんだよね。何処にいるのかな?」

    すると、男の子は、キョトンとした顔を向け、わたしを見上げると、大きく頭を振ります。

    「お母さんもお父さんも、おうち・・・」

    「おうちにいるの?それじゃァ、おばあちゃんと一緒に乗っているのかな?」

    「ううん、おばあちゃんもおじいちゃんも、おうちだよ・・・」

    「それじゃ、ぼくは一人でこの電車に乗っているの?」

    半信半疑で訊ねるわたしの目をまっすぐに見て、男の子は、うん----と、大きく頷いたのでした。

    これは、大変なことになった。こんな幼い子供がたった一人で乗車するなど、尋常なことではないと焦ったわたしは、それでも何処かに付き添いの大人がいるのではないかという思いで、車内を探そうと、ちょうどそこへカートを押しながらやって来た車内販売の女性スタッフに、男の子を見ていて欲しいと頼んだのです。

    しかし、その女性スタッフは、怪訝な表情でわたしを見詰めると、

    「男の子って、何処にいるんですか?」

    「何処にいるって、ここに座って・・・・」

    窓際の指定席を振り返ったわたしは、驚きました。その席には今しがた腰かけていたはずの男の子の姿は影も形もなかったのです。

    まるで、きつねにでもつままれたような気持ちで立ち尽くすと、女性スタッフは、

    「やだ~、しっかりして下さいよ」

    笑いながらカートを押して行ってしまいました。

    やがて、特急列車はトンネルへ入ります。そして、釈然としない気分のままに車掌室へ戻ったわたしが、何気なく窓外に目をやると、そのトンネルを出た直後の線路際にささやかな花束が供えられている光景を、一瞬目の当たりにしたのです。

    その後、同僚の車掌から聞いた話では、数年前、トンネルの入り口付近に住む家族の三歳の男の子が、列車見たさに線路内へ入り、運転士が慌てて非常汽笛を鳴らしてブレーキをかけたが間に合わず、はねられて死亡したという痛ましい事故があったのだそうです。

    きっと、その男の子がどうしても列車に乗りたくて、あの日、偶然わたしの乗務する車両に現われたのかもしれないと、同僚は話しました。

    わたしは、今もC線の車両に乗務するたびに、あの小さな男の子がまた乗っているのではないかと、車内を探してしまうのです。


  ***  この物語はフィクションです。

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<今日のおまけ>

    今日は、昨日よりも少し気温が高めですから、震えずにすみました。

    それでも、明け方近く、家の外で突然「ドカン!」と、大きな音がしたと思うと、「わっ!!」と、男の人の叫び声が聞こえたので、これは、凍結路面でスリップした自動車が、何処かへぶつかったに違いないと思いました。

    でも、寒くて、とてもベッドから出て外を見る気力がなく、そのまままた寝てしまいました。

    まあ、朝になってもその話題は誰の口からも出ませんでしたから、大した事故ではなかったのだと思います。

    冬になれば、自動車がぶつかったの、滑ったのなどということは、この辺りでは日常茶飯事ですから、よほどのことがない限り、問題になどしません。

    わたしも、過去に二度ほど、滑って来た車に、思い切りお釜を掘られたことがありました。

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