ナース・キャップの看護師 [不思議な話 2]


ナース・キャップの看護師



    最近の総合病院では、ナース・キャップをかぶった看護師さんて、あまり見かけなくなりましたよね。

    院内感染症が問題視されるようになった頃から、無帽の看護師さんが増えたようにも思えます。

    ある日、そんな病院の外科病棟の個室に、一人の中年の女性患者が入院しました。女性は、仮にA子さんとしましょう。

    どちらかというと人付き合いの苦手なA子さんは、急性虫垂炎での入院でしたが、保険も下りるということで、あえて個室を希望したのでした。

    ご主人に付き添われて病室へ入ったA子さんは、すぐに手術をしてもらい、その日から入院生活を始めました。退院までは、せいぜい六日ほど。他の患者との会話などの煩わしさとは無縁でしたが、何とも、手持ち無沙汰で一日が退屈でしかたがありません。

    日に一度、病室へ顔を見せるご主人が帰ってしまうと、テレビを観ても、音楽を聴いても、時間の経つのが疎ましいほど長く感じるのでした。もともと、読書や絵を描くような趣味も持ち合わせていない彼女にとっての唯一の気晴らしは、時々、血圧測定や検温などに病室を訪れる、女性看護師たちとの束の間のおしゃべりだけだったのです。

    しかし、その看護師たちも、いつまでもおしゃべりの相手をしてくれるわけではありません。仕事が終われば、そそくさと病室を出て行ってしまいます。そして、また、退屈な時間がやって来るのです。

    「こんなことなら、二人部屋とか、四人部屋を頼めばよかったわ」

    そんな贅沢な悩みを呟く彼女の、最もうんざりする時間が、夕食後の夜の長さでした。

    病院の消灯時間は、夜の九時と決められています。シ~ンと静まり返った病棟内で聞こえる物音といえば、夜勤の看護師たちが巡回する際に押すカートの音ぐらいなものです。でも、いつもは宵っ張りのA子さんにとって、夜の九時などは、まだ昼間も同じ時間です。

    「あ~あ、つまらない・・・・」

    溜息をついていると、個室のドアが俄にノックされ、一人の若い女性看護師が入って来ました。その看護師は、他の看護師とは少し印象が違います。着ている白衣も、何処かレトロな感じのするスカート丈の長いもので、しかも、今時珍しいナース・キャップをかぶっていたのです。

    その看護師は、A子さんの横になるベッドの脇まで来て、特別何をするでもなく、ただニコニコ微笑んでいるだけだったので、不思議に思ったA子さんが、「また、検温かしら?」と、訊ねると、その看護師は、いきなりベッドの端に腰をかけ、

    「退屈でしょう?こんな時間に眠れと言われても、困りますよね。少し、おしゃべりでもしましょうか?」

    と、言います。A子さんは、戸惑いながらも、

    「そうね。入院がこんなに時間を持てますものだとは思わなかったわ」
    
    その若い看護師と、会話を始めたのでした。最近生まれたばかりの孫のこと、自宅では、ささやかなオープンガーデンを手掛けていること、好きな俳優の話、最近観たテレビドラマの話題など、A子さんは、時間が経つのも忘れて、その看護師に語りかけたのです。

    看護師は、そんなA子さんの楽しげな様子を、やはり、ニコニコ微笑みながら頷き、聞いていましたが、やがて、

    「ああ、もう時間だわ。行かなくちゃ。また、明日の夜来ますね」

    と、言って、病室を出て行きました。それから、その看護師は、夜になると、必ずA子さんのいる個室を訪れるようになりましたが、一切自分の話はせずに、A子さんの一方的なおしゃべりだけを楽しそうに聞いて、帰って行くのでした。

    そして、A子さんが退院する日が来ました。迎えに来たご主人と共に、荷物を持ち、退院の挨拶をするためナース・ステーションに立ち寄った時、A子さんは、いつも夜のおしゃべりに付き合ってくれた若い女性看護師の話を出し、

    「あの夜勤専門の看護師さんにも、わたしが、お礼を言っていたと、伝えて下さいね」 

    と、言いました。ところが、ナース・ステーションにいる看護師たちは、揃って怪訝な顔で首を傾げます。

    「夜勤専門の看護師って、誰です?」

    「そういえば、名前を聞いていなかったわね。いつも、ナース・キャップをかぶっていた人なんだけれど・・・・」

    A子さんが答えると、それを聞いていた看護師たちは、ますます不思議そうな顔付きになり、

    「この病院に、今時、ナース・キャップをかぶって勤務している看護師なんか一人もいませんよ。それに、夜勤専門なんていう看護師も、この病棟にはいませんけど・・・・」

    と、答えるので、A子さんは、驚いてしまいました。

    「それじゃァ、毎晩、わたしの話を聞いていてくれた彼女は、いったい誰だったのかしら?」

    「お前、夢でも見ていたんじゃないのか?」

    A子さんは、呆れるご主人に促されながら、納得の出来ない思いで、自宅への帰路に就いたのでした。

    A子さんの見た看護師さんは、本当に誰だったのでしょうか?

    その病院では、今夜も、退屈な患者さんの話し相手をしてくれる、ナース・キャップの看護師さんが、個室のドアをノックしているのかもしれません。 

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