病院の一室 [不思議な話 2]


病 院 の 一 室



    A君の家は、お祖父さんの代から続く外科病院です。

    A君のお父さんは、他のお医者さんや看護師さんたちと、毎日忙しく仕事をしていたので、A君は、小学校の友達のようにお父さんとキャッチボールなどをして遊んでもらいたくても、いつも、我慢をしていました。

    お母さんが、お父さんの代わりにキャッチボールの相手をしてくれると言いますが、やはり、女のお母さんでは、どうしても物足りません。友達と遊ぶ予定がない日は、学校から帰って来ても、宿題を済ませてしまった後は、退屈で、時々病院の中をブラブラ歩きまわっていました。

    病院の中には、一カ所だけ、あまり人が行かない一角があり、そっちの廊下の端には、昔患者さんを入院させるために使っていたという古い病室がありました。A君は、その古い病室の方へ行ってみたいと思うのですが、お父さんに、そっちへは絶対に行ってはいけないと言われていたので、今まではその言葉を守っていたのですが、ついに、ある日の午後、病院のスタッフやお母さんの目を盗んで、たった一人でそちらの方へ行ってみました。

    「お父さんは、危ない物がたくさんあるから危険だと言っていたけれど、ちっとも危なくなんかないじゃないか・・・・」

    A君がそう呟いた時です。廊下の向こうの病室から、俄に、お年寄りたちの笑い声が聞こえてきました。

    「あれ?誰かいるぞ」

    その病室の中をのぞくと、そこには古いベッドがいくつか並んでいて、四、五人のお年寄りが和気あいあいと楽しげに世間話をしているのです。おじいさんもいれば、おばあさんもいます。すると、お年寄りたちは、A君の姿を見付けると、ニッコリ笑い掛け、

    「坊や、何処の子だい?遠慮しないで入っておいで。お菓子もあるよ。食べないかい?」

    やさしく声をかけて来ました。A君は、嬉しくなって、お年寄りたちの方へ歩み寄ると、彼らは、A君に椅子に掛けるようにいい、面白おかしい話を聞かせてくれて、楽しませてくれるのでした。

    そんなことがあってからというもの、A君は、学校から帰るとランドセルを勉強部屋へ置くなり、真っ先にそのお年寄りたちのいる古い病室へと遊びに行くようになったのです。でも、そのことは、お父さんにもお母さんにも内緒です。そこへ行っていることがばれると叱られるのが判っていますから、決して話そうとはしませんでした。

    そして、A君も小学校を卒業し、中学生になると、勉強や部活が忙しくなり、そのお年寄りたちのところへ通うことも次第に少なくなりました。やかて、高校生になると、A君は全寮制の高校へ入り、そこから大学へ進みます。A君もお父さんのあとを継いで医師になると、何年か大学病院や他の病院で勤務したのち、ようやく、実家であるお父さんの病院へ入るため、帰って来たのでした。

    A君も、既に三十歳を超えています。久しぶりに会うお父さん、お母さんと一緒に夕飯を食べながら、A君は、ふっと昔の思い出話を始めました。そして、ようやく、かつてお父さんの言いつけを破って、古い病室へ行ったことを話したのです。しかし、お父さんは、少しも驚きませんでした。A君が、そこへ行っていることは知っていたと言います。

    しかも、A君がそこで誰と話をしていたのかということも知っていたというのです。

    「実は、お父さんも小さい時、あの病室で、お前と同じ経験をしているんだよ。でもな、あそこにいるお年寄りたちは、お父さんの子供の頃に既に亡くなっていたお年寄りたちなんだ。でも、お前も帰って来てくれたことだから、あそこの病室のあるところは、新しく建て直そうと思っている」

    その話を聞いたA君は、病室が壊される前に、もう一度だけ見て来ようとそこまで行ってみました。

    でも、大人になったA君の前に、もう、そのお年寄りたちは、姿を見せてはくれませんでした。

遨コ+011_convert_20100505104452[1].jpg
 




共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。