いったい何が起きたんだ!? [日々の雑感 5]


いったい何が起きたんだ!?


    少し前のこと、わたしが理容院(美容院ではない)でカットをしてもらっての帰り途、数十メートル先に、ご近所の主婦が二人で話をしている姿が目に入った。

    家へ帰ったわたしは、その後いつものように共同浴場へ行こうと、入浴道具を手に家を出ると、その主婦たちの立ち話は、まだ続いていて、そのうちの一人の主婦が、何故か、洗面道具も持たずに共同浴場へと入っていったのである。

    どういう訳か、外湯の鍵だけは持っていたということだろう。

    不思議に思いながらも、わたしもそのあとから外湯の中へ入った。すると、脱衣所の方から、いきなり怒りの声が聞こえてきた。

    いったい、何が中で起きているのかと、脱衣所の引き戸を開けると、そこには、たった今お風呂から上がって来たばかりの、やはりこの共同浴場を毎日利用している女性と、その主婦がいて、大声で話をしているのであった。

    しかし、一方的にまくし立てているのは、あとから入って行った主婦の方である。

    彼女は、わたしの顔を見るなり、「もう、ひどいんだから!聞いてよ!」と、さらにしゃべり始めた。

    「この間、いつもの総合病院へ行ったら、内科の先生がわたしに向かって、ひどいこと言うのよ。あんたが飲んでいるのはもの凄くきつい薬だから、これ以上薬を出すことはできないって!それに、他の医院へかかっているのも気に入らないらしいのよ!でも、こっちは辛くてしょうがないんだから、何とかして欲しいって頼んだんだけれど、そんなに辛いなら家で安静にして寝ていろって、それしか言ってくれないの。こんな言い方ってあると思う!?」

    主婦は、今にも泣き出しそうに悔しがりながら怒りをぶちまける。

    「もう、あんまり癪に障ったから、こんな医者クビにして欲しいって、院長に抗議しようかと思ったわよ!ちょうど、目の前を院長が通ったから、捕まえて言ってやろうとしたんだけれど、主人がそばで、そんなことはやめておけって止めるから、我慢したのよ」

    すると、それを聞いていた今風呂から上がったばかりの女性は、

    「そのお医者さん、家で奥さんと喧嘩でもして、虫の居所が悪かったんじゃないの?」

    と、主婦の激怒ぶりに怖じ気づきながらひきつり笑いを浮かべる。主婦は、それに対して、

    「そんなこと、わたしに関係ないじゃない!そうじゃないのよ。あの医者、わたしのことが嫌いなのよ!だから、この一週間家でずっと寝ていたんだけれど、それでも治らないから、今日また病院へ行くと、あの医者、この前はわたしも言いすぎたって、謝ったのよ。でも、こっちは忘れることなんてできないわ。あんな、言い方されて、悔しいったらない!こっちは、苦しかったり辛かったり心配だったりするから、先生に頼るんじゃない。それを、あんな言い方されるなんて、わたしのやり方が気に入らないなら、別のところで診てもらってくれなんて、無責任過ぎるわよ!」

    もう、その怒りは納まりそうにない。そのうちに、身支度を終えた女性が、タイミングを見計らって風呂から出て行ってしまった。あとには、わたしのとその主婦だけが残る。

    わたしも、早く風呂へ入りたいのだが、主婦の憤りの訴えが続いて、どうにも浴槽の方へ行けない。

    「それは、大変でしたねェ~。でも、きっと先生も申し訳ないと思われたから、謝ったんでしょうね」

    そう言いながら、その場を取り繕って、何とか主婦から離れようとした。すると、主婦は、

    「あなたみたいに電話をかけて、即、相談に乗ってもらえる患者なんて、滅多にいないんだから!」

    そう言って、ようやく脱衣所から表へ出て行ったのだった。-----で、結局、主婦は、風呂へ入る訳でもなく、怒りのままに帰って行ったので、どうやら、自分の気持ちのはけ口が見付からずに、手当たり次第に近所の人を捕まえてはうっ憤晴らしをしていたようであった。

    医師と患者のトラブルは、最近とみに多くなったように思える。

    「病院は、喧嘩場所だから気合を入れて行かなきゃ」と、いう声まであるなど、つくづく複雑な世の中になってしまったと、思う出来事だった。

    しかし、このお話には続きがあるのだ。




    その数日後のこと----。

    この間、病院での医師からの冷たい扱いに怒り心頭だった主婦が、今日は、一転、ニコニコしている。

    わたしがそばを通ると、「ちょっと、ちょっと----」と、呼び止め、ウキウキした表情で話しかけて来た。

    「あたしね、今日、また病院へ行って来たのよ」

    「え?何処か悪かったんですか?」

    「ううん、ただ、ちょっと咳が出ただけなんだけれど、この間、あの嫌みな先生が、わたしがいない時でも、体調が悪くなったらすぐに別の先生に見てもらって下さいねって言うから、今日、行って来たのよ」

    「それで、診て下さったんですか?」

    「うん、別の先生だったけれど、聴診器まであててくれて---。聴診器なんて、あててもらったの、本当に久しぶりで、びっくりしちゃった。だって、いつもは、話を聞くだけで、身体に触ってくれることなんか絶対にないから」

    「そうなんですか・・・・」

    その医師が聴診器をあててくれたというだけで、主婦は、大そうな喜びようである。

    「そしてね、その時、先生がわたしの着ている・・・・ウフフ・・・・」

    主婦が突然含み笑いをするので、わたしも、ついつられて笑う。てっきり、その主婦の太ったお腹の肉に先生が驚いたとでもいうのかと想像してしまったのだが、どうも、そうではなかった。

    「わたしの着ているボディースーツがきついんで、聴診器があてられないので、脱いで下さいって・・・・。フフ・・・・。今度は、もう少しゆるめの下着を着て来て下さいって、言われちゃった」

    確かに、主婦は、いつも自分の体形を気にしていて、診察をして頂く時もボディースーツを着て行ったのだそうである。いくら、医師に痩せろと言われているからといっても、ボディースーツでお肉を締めて行って意味があるのだろうか?と、わたしは、少々あきれた。

    でも、主婦は言う。

    「その先生が言うことには、あなたにきついことを言った先生は、本当にあなたの身体のことを心配しておっしゃっているのだから、ちゃんと指示に従って下さい-----ですって。だから、わたしのことを思って下さるから、強いことも言うんだと、やっと判った気がしたわ」

    「そうかもしれませんね」

    わたしは、相槌を打った。

    すると、主婦は、「わたし、いつもの先生に大切な患者だと思われているんだと、思ったら、嬉しくなっちゃって!」というと、この前は、びっくりさせちゃってごめんなさいねと、詫びながら、わたしの前から去ってい行った。

    これを聞いたわたしは、主婦の単純さに苦笑してしまった。

    医師が自分のことを気遣ってくれていると、思うだけで、ここまで考えが変わるものなのかと・・・・。

    医師に対する微妙な患者の心模様が、如実に垣間見えたような気がした。



共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。